2012年07月28日

日本の右翼がデモで韓国の国旗「太極旗」を冒とく…韓国で非難続出

日本の右翼がデモで韓国の国旗「太極旗」を冒とく…韓国で非難続出
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0727&f=national_0727_097.shtml
2012/07/27(金) 19:58

7月22日に大阪鶴橋で行われた「日本の自存自衛を取り戻す会」によるデモ行進で、韓国の国旗「太極旗」を冒とくしたとして、韓国内で反発が巻き起こった。複数の韓国メディアが27日、相次いで取り上げた。
■「嫌韓感情」に関するその他の記事 - サーチナ・ハイライト
  デモでは「日韓国交断絶デモ@関西」をスローガンに掲げ、鶴橋―玉津―桃谷を結ぶエリアで街頭行進を行った。中には太極旗を思わせる旗を地面に置いて踏みつけている場面もあり、その様子は「ペプシゴキブリマット」とのタイトルでYouTubeに公開された。問題の「ペプシゴキブリマット」は、太極旗の四隅にある「卦(け)」の代わりにゴキブリの絵が配置されている。
  韓国メディアは「日本の右翼団体が、反韓デモで太極旗を踏む姿を収めた映像が公開されて、衝撃を与えた」と報じた。インターネットでも自国の国旗を侮辱する行為だと非難が続出しており、関連報道は「無知な行為」「国家を侮辱する行為」「稚拙な行動」などとするネット上の反応を伝えている。
  国旗をめぐる騒動としては、2010年に中国のネットユーザーが、太極旗を切り刻んで、料理する動画を掲載したことがある。また、台湾では11年広州アジア大会で、テコンドーの楊淑君選手に対する失格判定に反発し、太極旗を侮辱する動画が続出したことがある。一方、韓国内におけるデモでも、これまで日本の旭日旗(きょくじつき)を燃やしたり、引き裂いたりするなどの過激な行動が見られている。(編集担当:金志秀)



「日本の自存自衛を取り戻す会」を右翼呼ばわりしないで下さい。



韓国では、日の丸を燃やしたり、踏ん付けたりするのは、日常茶飯事でしょ?

大地震お祝いします.PNG
日の丸を燃やす韓国part1.PNG
日の丸を踏む韓国.PNG
日の丸を燃やす韓国part2.PNG
日の丸を踏みつける韓国.PNG
日の丸に小便をかける韓国.PNG
日の丸を銜える韓国.PNG

韓国のとある大学の入り口にある日の丸じゅうたん
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2012年07月26日

大津いじめ事件を考える

西村修平さんのブログに、「大津いじめ事件を考える」という記事がありますので、転載します。


西村修平が語る日本イズムより転載
http://nipponism.net/wordpress/

大津いじめ事件を考える
http://nipponism.net/wordpress/?p=16766


大津いじめ事件に重なる日本の屈服外交

人も国家も弱ければ
殺されるまでイジメられる

朝日新聞の連載小説『沈黙の町で』(奥田英朗)が今月12日、420回目でおわった。第一回目から欠かさず目を通してきたこの作品は、中学校でのイジメをテーマにした小説でほぼ1年4ヶ月に亘った。
マスコミで毎日に亘って報道されている大津市のイジメ事件が、この小説の中で学校、地域、関係した中学生を始めとした人間像が瓜二つと言って良いくらいに再現されていて驚きであった。大津市のイジメ事件で滋賀県警が、市教委などに強制捜査に入った時期と軌を一にして校了したことにも奇遇を感じた。近々単行本として発刊されるはずである。昨今のイジメを考える上で、上梓された際は是非とも読んで頂きたい。

昭和25年生まれの自分にとってイジメの概念は、漫画『ドラえもん』に登場するジャイアン、のび太、スネ夫らの関係構図で、今ではかなり古典的なイメージの世界観かも知れない。

連載小説『沈黙の町で』を読んで、これまで抱いていたイジメの概念が払拭され、今の時代のイジメの陰湿さを良く把握できた。しかし、子供らがイジメに関わる精神世界は今も昔も同じではないだろうか。

ここでは問題の所在が教師と市教委など、さらに家庭にも在るとした論調の是非には触れない。その上で今回のイジメを考えて見たい。


【市教委に見る日本人の劣化】
大津いじめ事件だが、報道による限られた情報にたよるしかないが、その通りだとすれば教師、市教委などの対応の杜撰、デタラメ振りにただただ唖然とするばかりである。

昨今、日本人の知の劣化があらゆる分野に浸透している現象の一つと認識すれば、教師、市教委などの無責任は何も今に始まったことではなく、日本人の劣化があらゆる分野に浸透している具体例と見ればいい。

大人の結果責任に対する無責任はそのまま子供の世界に反映する。子供の世界には単純に反映するのではない。二重三重に拡大してもっと質(たち)を悪くさせて反映する。複数で、特定の人物への金銭にまで及ぶ恐喝めいた行為などは犯罪であって、警察による毅然とした捜査結果を待つしかないし、それに期待するしかない。

【イジメの最良策は反撃にあり】
そもそもイジメにまつわる事件は、通り魔的な偶発的な一回性の事件と違う。恒常的に特定の人物に対して、精神と肉体に加えられる暴力行為、つまり継続的に、執拗に加えられる暴力である。

自殺した中学生を仮にA君とする。加害者の中学生が始めからA君に犯罪行為となる恐喝を行ったのではない。最初は単純な嫌がらせからだった。初期の嫌がらせに、A君が毅然とした態度で加害者へ対峙しなかった。自分がボコボコにされようがある時点で、暴力をふるう相手の指を食いちぎってやるとか、相手の鼻が骨折する位のパンチを見舞うなどすれば、もう二度と連中はイジメに関わったりしなかったろう。

加害者にとってイジメとは「鬱憤晴らし」であって、楽しくなければならない。10回に1回でも、反撃を食らい“傷”を負っては何の「鬱憤晴らし」、楽しみになろうか。二度と手出しなどしない。反撃する奴には絶対手を出さないのがイジメの世界の法則だ。イジメに対する最大の対策、防御は反撃しかない。

自然界におけるサバンナでも同じである。草食動物が子と群れを守るために角を振り向けて突進すれば、ハイエナやライオンなどの肉食動物でさえたじろぎ退散する。テレビ・ドキュメンタリーで良く目にする光景ではないか。窮鼠(きゅうそ)猫をかむ、皆が知っている。

【イジメを増長させた無抵抗】
当初、A君は加害者へ無抵抗を、さらには迎合する態度で加害者の顔色を伺った。それでイジメが和らぐどころか、ますます加害者を増長させ、イジメが激しくなる。清涼飲料水のおごりに始まって高価な物品へ、行き着く先は金銭まで要求されるなどと、徹底的にしゃぶり尽くされてしまう。

その場その場のイジメを凌(しの)ぐ先送り、事なかれ主義がついにはA君を自殺にまで追い込んでしまった。加害者の肩を持つものではないことを断ってだが、連中はA君が自殺にまで走るとは思いもしなかったろう。

イジメられ自殺までするなら、A君はなぜ加害者を道連れにしなかったのか。死ぬならもろとも、加害者の数人でも道連れにする気力はなかったのかと。

当事者である被害者のA君が声を発しない。発したとしても、その声は余りもか弱くて、危険を知らせる“悲鳴”として周囲に響かなかったか。死者に鞭打つ気は毛頭ないが、諸々の条件下でA君は余りも弱すぎた。

【イジメと屈服外交の相似形】
A君を日本に、イジメの加害者をシナ、朝鮮に例えればどうなるか。

尖閣、竹島の領土問題、慰安婦強制連行などの歴史問題など、シナ、朝鮮の言いがかりに相手の顔色を伺うその場凌(しの)ぎの対応、問題を先送りする事なかれ主義と無責任、これはわが国の外交を形成する歴史だ。

屈服など迎合が日本に対するシナ、朝鮮の恫喝、強請を止めさせるどころか、ますます連中を増長させて止まない。シナ、朝鮮に対するわが国外交はそっくりそのまま、今回のイジメ事件と相似形を成す。

シナ、朝鮮とて、始めから日本を声高に恫喝、強請ってきたのではない。最初はホンの相手の敷居をまたぐ程度で、わが国の顔色を、反応を伺って小遣いをせびっていたに過ぎない。

しかしA君という日本は、加害者のシナ、朝鮮の言いがかりと嫌がらせに沈黙を守り続け、「謝罪」までして迎合、媚び諂(へつら)ってきた。

結果、加害者のイジメははますますエスカレートし、家の中まで押し入り、金銭の要求までする犯罪行為に発展、この犯罪行為を演出したの他でもない我が日本だ。シナ、朝鮮は、よもやここまで日本が弱いと思いもしなかったろう。相手に譲歩を示せば、後は徹底的にしゃぶられるだけだ。A君がまさしくそうであった。

領土、歴史問題の歪曲はシナ、朝鮮による日本へのイジメである。人であろうが国家間であろうがイジメの本質は同じ、弱ければ、反撃しなければやられるだけである。国家間のイジメは誰も助けてくれない。A君にわが国を例えれば、反撃すらしないで滅亡するだけである。これ以上の屈辱はない。
ラベル:西村修平
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2012年07月25日

パンダはシナ人によるチベット侵略の象徴である

パンダはチベット侵略の象徴であること。
青海省は全部がチベットで、さらに中共領土の四分の一がチベットなのだそうです。



酒井信彦の日本ナショナリズムより転載
http://sakainobuhiko.com/

パンダはシナ人によるチベット侵略の象徴である
http://sakainobuhiko.com/2011/03/post-153.html

 また日本にパンダがやってきて、マスコミは大はしゃぎをしている。世界中に動物は数々あるけれど、これほど「政治的」な、つまり政治の道具として利用されている動物は、外にはいないであろう。日本人はパンダに感動する以前に、パンダを巡る政治的・歴史的なおぞましい真実を知っておかなければならない。

日本で普通「中国」と言っている中華人民共和国(以下「中共」と略称する)は、本質的に侵略国家である。第二次世界大戦後、500年来の植民地支配体制が崩壊して、アジアそしてアフリカに多くの独立国が誕生した。その民族独立の輝ける時代に、シナ人に侵略・支配されてしまった民族がいる。それがチベット人であり、ウイグル人であり、南モンゴルのモンゴル人である。それは中共という国家は、歴史の流れに全く逆行して、清帝国を再建するという形で、建国されてしまったからである。これが一般に知られていない、歴史の真実である。
 更に知られていない真実が、もう一つある。それはチベットの本当の範囲・領域、つまり地理的・空間的な真実である。日本でチベットと理解さているのは、中共の言い方で「西蔵自治区」という行政単位で、これを日本語では「チベット自治区」と呼んでいる。このチベット自治区だけでも、日本の面積の三・三倍の123万㎢もあるのだが、本当のチベットさらに広いのである。ではそれはどこにあるかといえば、青海省の全域、四川省の西半分、甘粛省・雲南省の一部である。
 これらの地域が本来のチベットである証拠は、中共で言う「蔵族自治州」で構成されていることである。「蔵族」とはチベット人のことを言っているのであり、チベット人の自治州であることは、中共政府自身がそこはチベット人の土地であることを認めているのである。青海省の全体は殆ど六つの自治州で構成され、四川省の西半は二つの自治州から成り、甘粛省と雲南省にそれぞれ一つの自治州がある。
 青海省は日本の面積の二倍の72万㎢あり、チベット自治区と他のチベット人の土地すべてを合計すると、約230万㎢に達する。これは中共の総面積960万㎢の、約四分の一に当たる広大な面積である。これに新彊ウイグル自治区166万㎢、内蒙古自治区118万㎢を加えれば514万㎢になり、中共の領土の半分を遥かに超えてしまう。
 しかもチベット自治区と他のチベット人の土地は、完全に一つに纏まっていて、飛び地にはなっていない。したがってその全体を一つの自治区とすべきなのだが、チベット人の力が纏まるのを恐れて、分割して支配しているわけである。なぜ纏まっているかと言えば、この地域が平均海抜4000メートルを超える、一大高原地帯だからである。すなわちこれがチベット高原である。
四川省の西半分は、注意していないと気付かないが、チベット高原なのであって、それは省都である成都のすぐ西から始まっている。成都から南西に240qほどのところにある、ミニヤ・コンカ山の標高は、7556mもある。そもそも山名自体が、チベット語である。成都は古くからシナ人が居住し、三国志の蜀の都ともなったところであるが、シナ人はチベット高原に上がってこられず、高原はずっとチベット人の世界であった。
 パンダはこのチベット高原の東端の地域に生息している動物である。したがって明白にチベットの動物であると言って間違いない。最大のパンダ研究センターである臥龍研究センターは、四川省の「アパ蔵族羌族自治州」にあったが、四川地震で大きな被害を出した。チベットがシナ人に侵略支配されているので、パンダは「中国」の動物になってしまっただけである。つまり、パンダはシナ人によるチベット侵略の、紛れもない象徴である。パンダを見て、可愛い可愛いと無邪気に喜んでいるのは、シナ人のチベット侵略に協力しているのと同じであり、無自覚に侵略の共犯者になっているのである。
 まして日本は、昨年の尖閣事件において、フジタ社員の拉致・監禁の脅迫によって、犯人を釈放してしまうという、巨大な辱めを受けた。明らかに尖閣事件の帳消しを狙った、中共のパンダ貸し出しであるにも拘わらず、尖閣事件の屈辱をすっかり忘れ、高額賃貸料年間8000万円まで払って、大歓迎で受け入れる日本人の馬鹿さ加減には、つくづくあきれ果てる。
ラベル:酒井信彦
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2012年07月03日

チャンネル桜より一部動画のお届け

チャンネル桜より一部動画のお届けです。

チャンネル桜のメルマガより
http://www.ch-sakura.jp/

【拉致問題アワー】「横田めぐみさん死亡情報」に関する見解[桜H24/6/27]


【守るぞ尖閣】第9回 尖閣諸島集団漁業活動報告[桜H24/6/28]


【草莽崛起】「民間防衛」こそ「国民運動」に[桜H24/6/28]


【フランス大陸軍展】ユーロサトリ 2012レポート・予告編[桜H24/6/28]


【草莽崛起】6.26 第4期 花王抗議デモ[桜H24/6/29]


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ラベル:チャンネル桜
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2012年07月01日

安世鴻と韓国の戦争犯罪

国益を守ったニコンを色眼鏡で見てはいけません。
糾弾されるべきは、在日朝鮮人のカメラマン、安世鴻です。



西村修平さんのブログ、西村修平が語る日本イズムより転載
http://nipponism.net/wordpress/

安世鴻と韓国の戦争犯罪
http://nipponism.net/wordpress/?p=16268


韓国メディアが無視する自国の戦争犯罪

 安世鴻は釈明せよ!
韓国(朝鮮人)が犯したベトナム人女性への性的虐待を
安世鴻の「慰安婦問題」を騙る写真展糾弾に、韓国メディアが過剰な反応を示していて興味深い。韓国メディアの報道に目を通して幾つか拾った。

彼らメディアは写真展に批判を加える日本人を、一方的にしかもことごとく「右翼」として扱う。つまり我々が一般の日本人とは違う特種な集団で、日本社会とは切り離されている特種な日本人であると。
取りわけ彼らが反応するのが「少女像」だ。韓国メディアは慰安婦にさせられた「少女像」に過剰に反応しているわけだが、人は真実を衝かれると誰しもが痛い。韓国の記者達も感情を有する人間、痛くない訳がない。

正鵠を射られたことに逆上している。その反応も「右翼」という決まり文句では印象操作の次元でしかない。

特に、ベトナム戦争時における韓国の戦争犯罪を追及した「ライタイハン」は、見事なまでに完全スルーパスされている。この完全無視こそ、「ライタイハン」が韓国(朝鮮人)にとって最大のタブーであることを証明している。

ライタイハンとは ベトナム戦争で韓国人が犯した最大のタブーとされてきた過去だ。韓国がベトナム戦争に参戦した際、韓国人兵士男性と現地のベトナム人女性の間に生まれた二世のことを指す。パリ協定による韓国軍の撤退、米軍の敗退に伴う南ベトナム政府の崩壊により取り残され、「敵軍の子」として迫害されてきた。ライはベトナムで軽蔑を意味した「混血雑種」を言い、タイハンは「大韓」のベトナム語読みである。韓国に対するベトナム人女性の恨みは永遠に消えない。

◆ハンギョレ新聞 『‘慰安婦写真展’開幕するや 日本右翼が…』(日本語版)
 http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/1640870.html

◆同(朝鮮語版)では、写真が大きく報じられています
 http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/539633.html
 
本文趣旨:日本右翼団体会員たちがエルタワー前で少女像写真に侮辱的な文を書き、写真展の中断を要求して示威を行っている。
◆中央日報 『日本右翼の“集団ヒステリー”』
 http://article.joinsmsn.com/news/article/article.asp?total_id=8595024&ctg=1300

動画の冒頭の字幕は、「日本右翼の“集団ヒステリー”」と題され、弁士それぞれに、「日本 右翼団体 会員」という紹介の字幕が付けられている。この映像の編集を見るとベトナム戦争、ライタイハン関係のポスター、プラカード類が映り込まないように、徹底して避けている。韓国にとってこの問題が、いかに触れられたくない、触れられると困る“アキレス腱”であるかが一目瞭然だ。
◆プレシアン 『 “私は朝鮮人によって慰安婦にされました”だなんて!』
 http://www.pressian.com/article/article.asp?article_num=30120627123057

[フォト] 日本 慰安婦写真展 極右団体のデモ 殺風景
◆JPニュース 『日本右翼 慰安婦写真展 妨害・挑発 展示館で安世鴻氏との対話を要求して騒ぎ立てた』
 http://www.jpnews.kr/sub_read.html?uid=13885

◆ハンギョレ新聞  『所持品検査・日本右翼のデモ “重重”(=幾重にも)汚された慰安婦写真展』
 http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/539648.html

安世鴻は未だ下記の質問状と公開討論会への参加要請を拒絶している。反日・偏向メディアにはしっぽを振って言いたい放題だが、写真家としての誇りなど欠片もない卑しむべき朝鮮人だ!

安世鴻は韓国(朝鮮)人として、
己の国家が犯した性犯罪を世界に向かって謝罪せよ!


公開質問状並びに公開討論会の登壇要請
 安 世鴻 殿

平成24年6月26日           
主権回復を目指す会            
「河野談話」の白紙撤回を求める市民の会  
千代田区西神田2−3−18−307 
info@shukenkaifuku.com  
代表 西村修平090−2756−8794 

表現の自由を掲げて「慰安婦写真展」を開催する貴兄に敬意を表しつつ。
下記の質問事項にお答え頂きたくお願い申し上げると共に、『慰安婦“問題”と表現の自由』と題した公開討論会を開催しますが、貴兄のご登壇を是非ともお願いいたします。
なお、日時や司会進行などの詳細は貴兄のご都合を最優先といたします。

質 問 事 項

1 写真展の被写体である元従軍慰安婦の「従軍」とは何か

2 これらの被写体はなぜ慰安婦になったのか

3 これら慰安婦に対して日本政府と日本人は謝罪と補償の必要があるのか

4 あるとすればその理由とは何か

5 ベトナム戦争に参戦した韓国(朝鮮)人兵士によるベトナム人女性への性的虐待を貴兄はどの様に思うか

6 ベトナム人女性への性的虐待に対して、韓国(朝鮮)人と韓国政府は謝罪と補償の必要を認めるか否か
ラベル:西村修平
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2012年06月28日

安世鴻 写真展をめぐって

慰安婦の件で、東京地裁、ニコンに写真展の会場提供命じた件ですが、ニコンを色眼鏡で見てはいけないそうです。
ニコンは地裁の決定に従わざるを得なかったが、国益を守る最低限のラインを死守したと高く評価すべきとのことです。
ニコンは東京地裁の仮処分に従ったとはいえ、高裁へ異議を申し立てているそうです。



西村修平さんのブログ、西村修平が語る日本イズムより転載
http://nipponism.net/wordpress/

安世鴻と猫ひろしは同類だ/緊急告知+公開質問状(本日)
http://nipponism.net/wordpress/?p=16101

安世鴻 写真展をめぐって

売名行為に走った反日写真家の卑しさ

東京・新宿のニコンサロンで開催が決まっていた元朝鮮人「従軍慰安婦」の写真展を、会場を運営するニコンが「内容に政治性がある」などとして中止を通告してきた問題で、ニコンは25日、当初の予定通り26日から開くことを決め、開催されている。東京地裁が会場の使用を認めるよう命じた仮処分決定にニコンは従った。これは事の是非を抜きに、ニコンが法治主義国家に身を置く企業としては従わざるを得ない。
主権回復を目指す会はニコンに対し、「使用中止」の企業判断を高く評価すると共に、『国益に反する「表現の自由」は許されない』と題して下記の要請文を提出している。(5月25日)

【参照】http://nipponism.net/wordpress/?p=15412  

>ニコンは、安世鴻写真展を「諸般の事情」ではなく、以下の観点から中止したと明言すべきことを要望する。
>写真展は慰安婦強制連行の歴史捏造である。青少年の頭脳に虐日という猛毒を注入(精神侵略)するものだ。わが国の国益を著しく害する。

>写真展中止は「歴史捏造」「精神侵略」「売国」の以上をニコンが正しく認識した上での決定であったと。

【最低限の国益を守ったニコン】
開催初日の26日、主権回復を目指す会は写真展会場に入場し、37点に上る作品に目を通した。

金属類の探知検査や身体検査などの過剰反応はさておき、驚いたのは会場内の作品パネルに、一切のタイトル並びにキャプションが全くなかったことである。これでは何時何処で誰を撮影したかが全く不明だ。入り口に個展を開催するにあたっての簡単な挨拶文があるだけだった。

これでは見る側からすれば写真家のメッセージが全く伝わらない。また会場内では安世鴻に対し、ニコン側から「展示作品を見た感想を語るな。語ったら退場だ」という異常さ!ここのどこに「表現の自由」があるのか、聞いて呆れるというものである。

写真家としての安世鴻 の存在など全く皆無である。

写真展の体をなさない。骨抜きにされた写真展ではないか。 かつてNHKが「女性国際戦犯法廷」の反天皇などのスタンスを骨抜きして放送した時と全く同じ体裁である。

これは元々の企画が、「内容に(慰安婦強制連行の)政治性がある」(ニコン)との主張に安が屈し、様々な変更・削除要求に彼が妥協したことを物語っているのではないか。

ニコンは地裁の決定に従わざるを得なかったが、国益を守る最低限のラインを死守したと高く評価すべきだろう。
ニコンは企業としての危機管理に重大な欠陥があったことから、日本を貶める反日極左集団へ会場使用を許可してしまったが、その後の対応において取った措置は評価しなければならない。これをロート製薬とか花王と同様に扱い、ニコンの不買運動をネットで呼び掛けるなど明後日も甚だしい。

我々日本人の怒りの矛先は、「表現の自由」を隠れ蓑に反日を目論む写真家の安世鴻であり、慰安婦強制連行を捏造する在日朝鮮人らである。標的がニコンではないことを自覚すべきである。ニコンの姿勢を色眼鏡で見てはならない。

ニコンは東京地裁の仮処分に従ったとはいえ、高裁へ異議を申し立てている。「異議が認められた場合は、途中でも写真展の中止を求めることもありうる」(朝日 6月26日)との見解がそうである。

【プロ政治集団に魂を売った写真家】
絵画展もそうだが、写真展において作品とキャプション又はタイトルはその作品に欠くことができない。本体と一体で作品を構成している。

写真家から見れば、己の作品は血を分けた分身、命といってもいい。その作品からキャプションとタイトルを削除されては、命を削られたと同様、写真家にとっては到底受け入れがたい筈だ。

安に些かでも写真家としての矜持があるならば、ニコン側が提起したであろう削除要求は敢然と拒絶して然るべきではなかったのか。

安が拒絶ではなく、ニコンの“要求”を受け入れたということは写真家、表現者としての魂を悪魔に売ったと同じだ。この場合の悪魔とはニコンではなく、安の写真展をサポートする「重重プロジェクト」なる反日朝鮮人グループであるのは言うまでもない。元々、安には写真家としての矜持などなかったのである。

政治思想の違いを抜きにして、それぞれの主観もあろうが、この度の写真展で足を止めて魅入らされる作品は残念ながらなかった。被写体との心理的距離が遠く、肉薄できていない。白黒のみが表現できる陰影で、個々の被写体それぞれの醸す人生の遍歴がその表情に刻み切れていない。短期間の片手間の撮影にしか思われない。人物写真を甘く見すぎてはいないか。

安は「表現の自由」を唱える以前に、写真家としての己の能力を客観視すべきだ。その上で10年20年の研鑽を積むべき必要を認めるべきだろう。

写真という表現芸術で己を世に問うのではなく、実体の定かでない「従軍慰安婦」という“政治的問題”で、プロ政治集団に媚びを売る行為、それはただの売名行為でしかない。

【猫ひろしの真似をした安世鴻の卑しさ】
この売名行為は写真を同業とするカメラマンたちへの冒涜であり、在日か否かを問わず朝鮮人全体の名誉を損壊した。安は極めて卑しむべき恥ずべき男と言われかねない。どうしても昨今、日本の世情を騒がした芸人の「猫ひろし」を連想してしまう。

「猫ひろし」は芸人としての行き詰まりを、己の芸の研鑽ではなく、カンボジア代表のマラソン選手という話題性に求めた。芸人が陸上競技へ、あげくの果て、芸も陸上も結果を残さないで終わってしまった。残ったのは空しさばかりである。

安世鴻も写真家として、己の技量を世に問うのではなく安易に「従軍慰安婦」という政治性に手段を求め、その話題性でもって写真家としての売名を謀ったといっていい。

これは極めて卑しむべき恥ずべき行為であり、表現芸術への禁忌を犯したといっていい。

ニコンは「使用中止」の理由を政治性ではなく、伝統と格式あるニコンサロンでの個展開催中止は安の写真家としての「力量不足」にある、と処理すれば問題は生じなかったのである。

下記の写真集などで、我々も白黒写真を愛でるだけの見識を蓄えようではないか。
ラベル:西村修平
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