世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 第137回 日本ほど農業を保護していない国はない
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掲載日時 2015年08月10日 14時00分 [政治] / 掲載号 2015年8月20・27日合併号
タイトルの「日本ほど農業を保護していない国はない」は、別に書き間違いというわけではない。実際に日本ほど自国の農業を保護していない主要国は、他に存在しない。多くの日本国民の認識とは“真逆”が真実なのだ。
日本の農業の所得に対する「直接支払(税金)」の割合は、わずか15.6%。主要国最低である。
欧州の農家の所得に占める直接支払の割合は、軒並み90%を超えており、アメリカにしても26.4%。しかも、アメリカの穀物系は50%前後に達している。
農業産出額に対する農業予算の割合は、日本が27%。対するアメリカは65%、フランス44%、イギリス42%、スイス62%。また、日本の農業の平均関税率は、アメリカに次いで低い。しかも、アメリカ政府は穀物について輸出補助金を支払い、グローバル市場への輸出を支援している。そして、日本に輸出補助金はない(だからこそ、農業予算対農業産出額の比率が低い)。
現実のデータに基づく限り、日本ほど農業を保護していない主要国は他にないのだ。日本国が、どれだけ“食料安全保障”をおろそかにしているか、如実に理解できる“事実”ではないか。
欧州の農業所得に占める財政負担の割合が、90%を超えていることに驚かれた読者は多いだろう。まるで公務員だ。なぜ、欧州は農家の所得の90%超を“税金”から支払っているのだろうか。
理由は簡単で、そうしなければ外国との競争に敗れ、自国の食料安全保障が崩壊してしまうためだ。日本同様に人件費が高く、米豪のように広大な農地に恵まれているわけでもない欧州諸国が、農業分野で外国と真っ向から競争すると、生産性の違いから敗北する可能性が濃厚なのである。
それにしても、なぜ欧州の国民は、農家の所得の90%超が税金からの支払いという異様な状況を認めているのだろうか。無論、食料安全保障に対する意識が高いというのに加え、そもそも“農業の位置付け”が日本とは異なるためである。
欧州諸国は、基本的には“隣国”との国境線が大地に引かれている。そして、農業の多くは“国境沿い”に展開されているのだ。欧州諸国にとって、農家は「農産物の生産者」であると同時に、「国境の守り手」でもあるわけである。
農家が廃業すると、国境に人が居住しなくなっていく。そうなると、他国の侵略を招くかも知れない。いつの間にか、国境線が変更されてしまうかも知れない。
外国と陸地で接している以上、国境線沿いに“自国民”が住み続けることが、国防面の安全保障上からも必要であると考えているのだ。日本で言えば、明治時代の屯田兵のようなものである。
わが国とは異なり、国民が食料安全保障や「国境を守る」という防衛面の安全保障を意識している。だからこそ、欧州の人々は農家の所得の9割以上が「税金から支払われる」という状況を認めているのだ。
7月29日、日本経済新聞は太平洋経済連携協定(TPP)の核である、日本と米国の2国間協議で、コメや乳製品を除く農産品の関税の引き下げや撤廃が固まったと報じた。TPPは、農業の関税問題“だけ”に限れば、対抗策がないわけではない。すなわち、日本の農政も、関税撤廃・引き下げの代わりに「直接支払」に切り替え、農家を守るのだ。
わが国も欧州のように、農家の所得に占める直接支払の割合を90%超にすれば、食料自給力は維持され、食料安全保障も確保される。
そうするべきだろうか。
日本の農家には、ほとんど公務員として、国家の食料安全保障強化のために農業生産を継続してもらうわけだ。筆者は、別にそれでも構わない。
もっとも、この“対応策”を政治家が言い出した瞬間に、ルサンチマン(恨みの念)にまみれ、正しい知識を持たない国民やマスコミから総攻撃を受けることになるだろう。「日本ほど農業を保護していない国はない」という現実が国民に共有されていない以上、TPP参加以降、日本の農家はそれこそ“ギリシャ”のごとく、盾なしで米豪といった農業の生産性が極端に高い国々との競争を強いられ、普通に廃業していくことになる。
結果、日本の食料安全保障は崩壊し、わが国は事実上「主権」を喪失することになってしまう。すなわち、亡国だ。
無論、TPPは農業の関税問題に限った話ではない。農業の関税問題を「直接支払」でカバーしたとしても、他にも医療、金融、保険、司法、環境基準、安全基準、著作権、特許、公共調達、公共サービス、投資等、あまりにも幅広い構造改革を一気に進めるというのがTPPなのだ。農業の関税問題を「直接支払」で対応したとしても、TPPは「問題ない」という話には、全くならない。
そして、その農業の「直接支払」にしても、国民の理解を得るのは、ほぼ不可能というのが現状なのだ。
前回、筆者は生産年齢人口対総人口比率の低下を受け、日本は今、決定的な岐路に立っていると書いた。同時に、食料安全保障を“自国の主権”に基づき維持することが可能なのか、別の面でも完全に岐路に立たされているのである。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。
週刊実話で連載の三橋貴明さんのコラムです。
日本の農業の所得に対する「直接支払(税金)」の割合は、わずか15.6%。主要国最低である。
欧州の農家の所得に占める直接支払の割合は、軒並み90%を超えており、アメリカにしても26.4%。
日本の農業の平均関税率は、アメリカに次いで低い。
日本に輸出補助金はない。
ラベル:三橋貴明
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