2015年03月21日

竹島より韓国側の島・鬱陵島も「日本領」明の役人が記載

竹島より韓国側の島・鬱陵島も「日本領」明の役人が記載

竹島より韓国側の島も「日本領」明の役人が記載
http://www.yomiuri.co.jp/national/20150320-OYT1T50153.html?from=ytop_top
2015年03月21日 14時42分

李氏朝鮮の宗主国だった明の役人が日本の地理についてまとめた「日本図纂(さん)」(1561年)に、韓国領の鬱陵島(ウルルンド)が日本領として記載されていることが、島根県竹島問題研究会の調査で分かった。

 韓国が不法占拠を続ける竹島(隠岐の島町)は、鬱陵島より日本側にあることから、同研究会は「明は竹島も日本領として認識していた可能性が高い」としている。

 同研究会によると、日本図纂は倭寇(わこう)対策などの一環として、地理学者でもあった明の役人が編集した。掲載された地図には、当時は「竹島」と呼ばれていた鬱陵島が、「因幡」と「伯岐(伯耆)」(いずれも現在の鳥取県)の北の日本海に記載されている。

 一方、同じ役人が1562年頃に李氏朝鮮の地理をまとめた「朝鮮図説」には、朝鮮半島の周囲に済州島や珍島などの記載はあるが、鬱陵島はない。

 日本図纂の地図では、鬱陵島の西側に「隠岐」が描かれており、実際の位置関係とは異なる。当時は鳥取の住民らが鬱陵島に渡航していたこともあって、因幡や伯耆の近くに鬱陵島を描いたのではないか、と同研究会はみている。

 鬱陵島について、韓国側は512年に新羅に編入され、竹島とともに領土になった、と主張している。1696年、江戸幕府は鬱陵島への渡航禁止令を出したが、それ以前は、幕府が鳥取藩主に鬱陵島への渡航を認めていた。(寺田航)


竹島と呼ばれていた鬱陵島が描かれた「日本図纂」の地図.PNG



李氏朝鮮の宗主国だった明の役人が日本の地理についてまとめた「日本図纂(さん)」(1561年)に、韓国領の鬱陵島(ウルルンド)が日本領として記載されていることが、島根県竹島問題研究会の調査で分かった。
韓国が不法占拠を続ける竹島(隠岐の島町)は、鬱陵島より日本側にあることから、同研究会は「明は竹島も日本領として認識していた可能性が高い」としている。
1696年、江戸幕府は鬱陵島への渡航禁止令を出したが、それ以前は、幕府が鳥取藩主に鬱陵島への渡航を認めていた。
鬱陵島が1561年に日本領として記載されていたということは、竹島は日本領として認識していた可能性は高いでしょう。
竹島を研究していると竹島が日本領である資料がどんどん出て来ますね。
ラベル:竹島
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posted by hazuki at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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