2014年12月02日

なりすまし共産主義者、保坂展人世田谷区長 「低投票率は「白紙委任状」に等しい」

なりすまし共産主義者、保坂展人世田谷区長 「低投票率は「白紙委任状」に等しい」

低投票率は「白紙委任状」に等しい
http://www.asahi.com/and_w/life/SDI2014120115191.html?iref=comtop_fbox_d2_05
文 保坂展人 2014年12月1日

いよいよ、総選挙が始まります。このままでは、棄権や白票も含めて、投票に行かないか、意思表示しない人が増えて、結果として「安倍政権への白紙委任」となるおそれがあります。是が非でも投票に行って、後日の悔いのないようにしたいものです。

 総選挙となれば、これ以上に大きな「国民の選択」はなく、告示日となれば各党が何を掲げて闘うのかに注目が集まってきました。2005年は「郵政選挙」、2009年「政権交代選挙」と呼ばれるように、街頭では飛ぶようにマニフェストが手渡されていきました。

 ところが、告示の直前だというのに、テレビの報道番組以外に「総選挙」の話題を聞きません。この間、顔をあわせた人の数は多いですが、政党関係者以外に「総選挙」の話をした人はほとんどいませんでした。

 このままでは5割を切るような「戦後最低の投票率」にとどまる可能性もありそうです。世論調査では「この時期の衆議院解散」に否定的な意見が強く出ています。任期2年を残して、突然の奇襲解散に打って出たのは、野党がバラバラである時期を狙って、安倍首相の「長期政権」への布石を打つことが主な理由である、ということも多くの人が理解しています。(2014年11月25日「太陽のまちから」)

 私たちは、目の前の物事を順序立てて考え、合理的なものだと確認すると意識の中に刻んでいきます。ところが「12月2日公示・14日投票」には、従来までの総選挙と比べると、政権や政策変更の土台を問うような「切迫した必然性」をうかがうことができません。すると、食事中に飲み込んだ異物を反射的に吐き出してしまうように、記憶に深く認識されません。納得できないものにはつきあわないぞ、という積極的拒否反応さえ生まれてきます。

 投票率が劇的に低下し、無党派層が選挙に関心を示さず、組織票が勝敗を決するという結果も予想されています。これが従来のように、政権側に有利に作用すれば、計算通りということになるでしょう。ただし、自民党を支える地縁組織、業界団体は高齢化して疲弊しています。2年前の「TPP反対」の公約を覆して推進しようとしている政権側から、「農協の解体論」まで飛び出している現状を見ると、これまでの「投票率と選挙の常識」は覆る可能性もあります。

  また、05年も09年も選挙結果に大きな影響を与えたのは無党派層だと言われています。投票に行かないことを決めている人や、年末の繁忙期に総選挙の存在を忘れている人たちの多くが「こうしてはいられない。やはり投票に行こう」と判断を変えるだけで、波紋は大きく広がっていくでしょう。

 朝日新聞の世論調査では、安倍内閣の2年間の経済政策について、「成功」(37%)「失敗」(30%)と、評価がやや高いものの、国民の間で意見が分かれる重要政策については辛口の反応が出ています。 「憲法解釈を変えて集団的自衛権の行使を容認したこと」について「評価する」(32%)「評価しない」(50%)、さらに「原発再稼働」に「賛成」(28%)「反対」(56%)となっています。

 ところが、「集団的自衛権」や「原発再稼働」に反対の人たちの2割が比例区の投票先を「自民党」と答え、野党がその受け皿となっていないとも報道されています。

 11月18日にTBSの報道番組に出演した安倍首相が、アベノミクスについての街頭インタビューで否定的な声が多かったことに「おかしいじゃないですか」と不快感を示したことが話題になりました。

 その2日後、自民党はNHKや在京テレビ局に要望書を出しました。萩生田光一・自民党筆頭副幹事長、福井照・報道局長の両衆院議員の連名で、出演者の発言回数や時間▽ゲスト出演者の選定▽テーマ選び▽街頭インタビューや資料映像の使い方――の4項目について「公平中立、公正」を要望する内容になっています。(11月27日付毎日新聞)

 こうした報道や言論への「注文」に対しての反応は、さっそく具体的な形になって現れています。深夜の討論番組「朝まで生テレビ」への出演依頼を受けていた若手評論家の荻上チキさんが、直前になって出演依頼を取り消されたというのです。

 荻上さんによると、21日に出演を依頼されたものの、27日になってテレビ朝日の番組スタッフから電話があり、各党議員と荻上さんらゲスト数人という出演者の構成について「ゲストの質問が特定の党に偏る可能性などがある」との理由で、議員のみの出演に変えると伝えられたというのです。(11月28日付毎日新聞)

 私も、国政選挙の前に政治家として何度か「朝まで生テレビ」に出演したことがありましたが、「出演者は政治家に限る」という扱いはなかったと記憶しています。NHKの「日曜討論」とはまったくステージが違う議論が特徴だった「朝まで生テレビ」が、深夜番組ならではの自由な発言や応酬を今回に限って回避したことと、局側は「政治の圧力によるものではない」と弁明しているが、先の要請は無関係だとは思えません。

 こうして、多くの国民の耳目を集めるような議論がテレビ番組から消えてしまい、ニュース番組の一部で各党のマニフェストや党首の動きなどを伝えても、総選挙に対しての関心は高まりません。低関心と投票率低下を反転させる報道が今こそ必要だと思います。

  政権にとって「白紙委任状」ほど好都合なものはありません。


保坂展人(ほさか・のぶと)

1955年、宮城県仙台市生まれ。世田谷区長。高校進学時の内申書をめぐり、16年間の「内申書裁判」をたたかう。教育ジャーナリストを経て、1996年より2009年まで衆議院議員を3期11年(03〜05年除く)務める。2011年4月より現職。『闘う区長』(集英社新書)ほか著書多数。




「棄権や白票も含めて、投票に行かないか、意思表示しない人が増えて、結果として「安倍政権への白紙委任」となるおそれがあります。是が非でも投票に行って、後日の悔いのないようにしたいものです。」と保坂から言われたくないわ。
「05年も09年も選挙結果に大きな影響を与えたのは無党派層だと言われています。」
「「集団的自衛権」や「原発再稼働」に反対の人たちの2割が比例区の投票先を「自民党」と答え、野党がその受け皿となっていないとも報道されています。」
「政権にとって「白紙委任状」ほど好都合なものはありません。」
なりすまし共産主義者は、安倍政権にNOを叩き付けたいようですね。
自衛隊からスルーされた世田谷区。



保坂展人氏とはどのような人物か


保坂展人.PNG

元社民党国会議員
共産主義者
朝鮮系疑惑議員

超売国議員  なりすまし疑惑議員
       北朝鮮党社民党  土井たか子(李高順)、福島瑞穂(趙春花)らと同列




売国奴順位


ーーーーーーー

売国議員ランキング と売国度
ランキング評価点


選挙前・com 評価点によるものとする。

 全ての政治活動は、国益重視(+1)、中立(±0)、国益軽視(-1)

 の三段階で評価し、その合計点により政治姿勢を判断します。



注)半島系=韓国朝鮮系疑惑議員

1ー30位まで
ランキング 国会議員名  所属  評価点   出自    
 NO.

第1位  01福島瑞穂   社民   −30  半島系

第2位  02千葉景子  (民主)  −30  半島系 

第3位  03小沢一郎   民主   −25  半島系

第4位  04鳩山由紀夫  民主   −23  半島系 

第5位  05岡崎トミ子  民主   −18  半島系

第6位  06近藤昭一   民主   −17  半島系

第7位  07赤松宏隆   民主   −16  半島系

第8位  08仙谷由人   民主   −15  サヨク

第9位  09細川律夫   民主   −15  半島系

第10位 10神本美恵子  民主   −15  半島系

第11位 11松岡徹    民主   −15  半島系

第12位 12岩国哲人   民主   −14  半島系

第13位 13山下八洲夫  民主   −14  半島系


第14位 14保坂展人   社民   −14  半島系

第15位 15辻本清美   (社民)  −14  半島系

第16位 16金田誠一   民主   −13  半島系

第17位 17土肥隆一   民主   −12  半島系 

第18位 18鉢呂吉雄   民主   −12  半島系

第19位 19平岡秀夫   民主   −12  半島系

第20位 20日森文尋   社民   −12  半島系

第21位 21円より子   民主   −12  半島系

第22位 22川上義博   民主   −11  半島系

第23位 23今野 東   民主   −11  半島系

第24位 24松野信夫   民主   −11  半島系

第25位 25小宮山洋子  民主   −11  半島系

第26位 26中川正春   民主   −11  半島系

第27位 27小林千代美  民主   −11  半島系のにおい

第28位 28山崎 拓   自民   −10  半島系

第29位 29管直人    民主   −10  半島系

第30位 30川端達夫   民主   −10  半島系



ーーーーー


保坂展人の政策

クラスター爆弾禁止推進派
日朝友好議員連盟
百万人署名運動
恒久平和議連
民団の外国人参政権推進集会に賛同
衆議院法務委員
国立国会図書館法の一部を改正する法律案(提出者)
国旗及び国歌に関する法律に反対した議員
人権擁護法案反対派
朝日新聞の外国人参政権に関する質問に「賛成」と回答
外国人住民基本法
児童ポルノ規制慎重派(請願紹介)
集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈について「見直す必要はない」と回答
読売新聞の外国人参政権に関する質問に「賛成」と回答
選択的夫婦別姓について「賛成」と回答
日本版US-Visit法反対に関する院内集会(代理出席)
防衛庁設置法等の一部を改正する法律案(防衛省への格上げ案)へ反対・棄権した議員
永住外国人への地方選挙権付与に対し「賛成」と回答



外国人参政権について「納税義務と参政権はセットだと考える。『地方参政権』は幅広く認められてよいのではないか」と回答(名も無き市民の会)

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経歴

東京都千代田区立麹町中学校在学中に学園闘争の影響を受け「麹町中共闘」を結成。機関誌「砦」を発行し、ビラを配ったり大学生の「共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派」の集会に参加するなど積極的な運動を行っていた。

内申書に中学校での学生運動経歴を書かれ高校受験の面接では質問が思想的なものに集中したとし結局全ての高校を不合格となり、東京都立新宿高等学校定時制に進学することとなった(後に中退)と自身で述べている。

内申書に不利な経歴を書かれたとして千代田区教育委員会を提訴するものの、内申書の内容は執筆を担当した教員の裁量であるとして敗訴した。保坂は最高裁に上告したが、最高裁は「思想、信条そのものを記載したものではないことは明らかである」とし棄却した。判決は重要判例として憲法の講義でよく紹介される(麹町中学校内申書事件)。

その後は、教育ジャーナリストとして管理教育の打破を訴えた。ミニコミ誌「学校解放新聞」を発刊したり、子どもの立場からの教育問題を雑誌に寄稿したりして1980年代の反管理教育ブームの旗手として知名度を上げていった。飲酒を理由とする退学処分をめぐって学校と裁判を起こしていた西原理恵子(現在は漫画家)を取材したこともある。また、公文式の批判本を著した。


国政活動

比例区復活当選から落選まで


1996年、社民党党首の土井たか子に請われ社民党より衆議院第41回総選挙に東京22区より立候補し、小選挙区で落選したが、重複立候補した比例代表区の東京ブロックで復活当選した。小選挙区では供託金没収点未満(得票率5.89%)であり、供託金を没収された。この件をきっかけに、小選挙区で得票率が著しく低い人物が当選することに批判が沸き起こった。この後国会は、小選挙区で供託金没収点未満であった候補は比例区で当選できないよう公職選挙法を改正した。小選挙区での得票率5.89%は復活当選の中では歴代最低記録である。

同じ選挙で当選した辻元清美や中川智子、また1998年に参議院議員に当選した福島瑞穂などと並んで「土井チルドレン」と呼ばれ、労働組合との関係が比較的薄い「市民派」の議員と見なされた。

1999年の通信傍受法案審議中、自分の携帯電話が「盗聴」されていると告発した。保坂がテレビ朝日『朝まで生テレビ』に出演した際の交渉会話が記録された怪文書が朝日新聞社に届けられ、これは警察が試験的に始めた通信傍受によるものという内容だったという。実態はわからないが、当時の与党からは「組織的犯罪対策三法成立を妨害しようとした者の犯行ではないか」(当時の自治大臣・野田毅)という批判も出た。また、電話の相手は普段は平河クラブ(与党担当の記者クラブ)・宏池会担当のテレビ朝日記者であったという。保坂は被疑者不詳のまま検察に告訴したが、2000年、証拠不十分で不起訴処分となった。

2000年の第42回総選挙で再選した。保坂は選挙区を東京6区に替え、小選挙区と比例代表東京ブロック(名簿順位1位)に重複立候補した。選挙区では落選したが供託金没収点(有効投票の10%)は超えており、社民党は比例代表東京ブロックで1議席を獲得したため保坂は再選を果たした。
青少年保護を理由とした有害図書規制にも批判的で、そのためか2003年の第43回総選挙ではコミックマーケット準備会代表であった米澤嘉博らが推薦人に名を連ねた(ただし米澤は個人としての推薦で、コミックマーケット準備会自体が推薦したわけではない)。2005年12月の「コミックマーケット69」に初めて参加(一般参加者)した。

2003年の総選挙では落選した。前回総選挙と同様に重複立候補(比例名簿第1位)したが小選挙区では当選できず、得票率は全体の9%で供託金没収となった。比例区での復活当選に必要な小選挙区有効投票の10%を得られなかった。この選挙で社民党は、比例代表の東京ブロックにおいて議席を獲得することができなかった。


復活当選

落選中は演説などをこまめに行い、2004年6月には東京都狛江市長選で現職で日本共産党の党員である候補矢野裕の応援演説にも駆けつけたことがある(他政党所属の非共産党員が、落選中の元職であっても日本共産党の候補者の応援をすることは極めて珍しい。狛江市は保坂が初当選を果たした衆院選で立候補した東京22区に含まれる)。
2005年の第44回衆議院議員総選挙で当選し、国政復帰を果たした。このときは選挙区での立候補を断念し、比例東京ブロック単独で出馬した。名簿順位は第2位だったが、社民党の党勢を考えると1議席獲得できるかどうかという状況であった。この選挙では自民党が大勝し、東京都でも小選挙区において自民党が東京18区(菅直人の選挙区)を除く全ての議席を獲得した。また、比例代表では8議席分が配分されるはずであった。しかし自民党の予想外の大勝で重複立候補した候補者のほとんどが小選挙区で当選し、これを除くと自民党の名簿登載者が7人しかいないという事態が生じた。このため公職選挙法の規定により、ドント方式においてその次の順位に付けていた社民党が1議席を配分されることとなった。社民党で名簿順位1位の中川直人は小選挙区との重複立候補で小選挙区で有効投票の10%を得られていなかったために当選資格を失い、比例区のみで出馬した名簿順位第2位の保坂が当選した。


2009年衆院選、2010年参院選落選

2009年、第45回衆議院議員総選挙では東京8区から出馬。民主党は候補の擁立を見送り、保坂の推薦に回った[3]。当初は2000年、2003年と出馬した東京6区からの立候補を検討していた。しかし、同区は民主党の小宮山洋子の地盤であるため、選挙協力により保坂は民主党の候補者のいない空白区である東京8区に国替えし、出馬したが自民党の石原伸晃に約3万票差で敗れ、落選。比例復活も出来ず、衆議院議員を失職した。

その後、総務大臣に就任した原口一博により国民新党顧問の亀井久興らと共に総務省顧問に任命された[4]。落選後も党副幹事長に留任していたが、2010年1月に辞任(後任は服部良一)。2010年3月17日には参院選出馬を見据え、総務省顧問を辞任した[5]。

2010年7月の第22回参議院議員通常選挙に、社民党公認で比例区から出馬し、東京・生活者ネットワークなどの団体から推薦・支援を受けたが、社民党の比例区での獲得議席は2に留まり、保坂は次点で落選した(当選者は福島瑞穂、吉田忠智)。


世田谷区長選

2011年、4月6日に記者会見において世田谷区長選挙への出馬。及び社民党を離党したことを表明した。4月24日開票の結果、83983票を得て当選する



参考

東京都世田谷区民は「なりすまし共産主義者」を支持しましたー自衛隊にスルーされた世田谷区
http://hazukinoblog.seesaa.net/article/282524781.html
ラベル:帰化人
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posted by hazuki at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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